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<title>感謝の日々</title>
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<description>日々の然々なる思索を３６５日、テーマ毎に記述</description>
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<description> ２００９年１１月２６日　人１人の最も大切な日。それは「誕生日」ではないでしょうか。国の誕生日もあり、会社の誕生日も「創立記念日」として創業者時代から今日に至るまで｢老舗｣００数年というような店舗に至るまで色々の｢記念日」があります。今日、誕生した「登記完了」ほやほやの会社もありますが、法律に詳しい業界人間が金融機関と一緒になって資金の確保とか色々の｢合法的」手続きを駆使して生き残り策に奔走されている人
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<![CDATA[ <span style="font-size:x-large;">２００９年１１月２６日<br />　人１人の最も大切な日。それは「誕生日」ではないでしょうか。国の誕生日もあり、会社の誕生日も「創立記念日」として創業者時代から今日に至るまで｢老舗｣００数年というような店舗に至るまで色々の｢記念日」があります。今日、誕生した「登記完了」ほやほやの会社もありますが、法律に詳しい業界人間が金融機関と一緒になって資金の確保とか色々の｢合法的」手続きを駆使して生き残り策に奔走されている人達もおられますが、これはこれとして一般社会人の普通の人にとっては｢雲上人」の世界の話ですから、今日のブログは一般社会人固有の｢誕生日｣について少し考察してみたいと思います。生物学的に人間は｢哺乳類｣ですから、下卑た表現かも知れませんが雌雄合体があって初めて１人の人間としてこの世に「生｣を授かるように出来ています。この誕生から死に至る００年の｢地上生活」での｢経験、体験」を通じて｢学ぶ」事が目的の人生ですが、多くの哲学者、宗教家など諸先輩が通過して来た｢思考の道、哲学の道」でもあり、その関連の書籍を並べれば地球を何周もするくらいの冊数に達すると思いますから、この葉書１枚程度のブログ・スペースでは諸先輩の発想ではない全く新しい｢考え方｣を１つのテーマとして記載してみたいと思います。<br />　大体からしてこの地上に髪の毛の色、目の虹彩の色、皮膚の色、使用している言語の、それこそ数千にも及ぶ｢種類｣が既に存在しているという事実だけを考えても「何故か」という問いに対する明確な「答え」がないようです。定義付け不可能な「民族」という言葉の持つ意味について、例えば、日本民族にしてもその歴史が物語る如く、東西南北色々の方向から流れついて今があることを考えますと、「単一民族、単一言語」という理解の仕方は少し修正が必要かもしれません。地方に旅行してみればわかる「方言」の多さ、骨格、体形の違いなど南北に長い国土固有の特徴みたいな部分に気付かされます。特に、最近では「国際化」の影響のせいか、日本在住の「外国人」の権利の問題があるようですが、「日本人」とはの定義付けをDNAで判断して確立するとかの「方法論」もないまま方向付けの不明確な議論をしても答えは出て来ないようです。<br />　こうした種々雑多の状態の中にあって「このブログを今読んでおられる貴方は地上で最も大切な個としての命を体の中に持っておられます」。個の「命」の定義付けが又実に難しいようです。工業関係の技術者が普段業務的に使用している「熱」の問題についても、熱とは何かの定義がない。ただ、１つのエネルギーとして別の測定器械を使用してその物理的変化を数値化しているにすぎない部分があるとか語っておられました。１人の人間である「貴方」と同姓同名の別の人が１００人おられると仮定します。しかも「誕生日」まで１００人が同じ。極端な例かもしれませんが、この１００人の中で「貴方」を貴方として識別化する「方法」は何でしょうか。確かに両親が違う、出生届けした役所が違う、育った地域、環境が違う、顔が違うから、誰も間違える事はない。と確信をもって言える自信はおありですか？国の某機関で問題が発覚してトラブルになり国民を不安に陥れたことが過去にありましたが、あの事態があってからです。「自分が自分であることをどうやって証明するか」がテーマになったのは。確かに運転免許証、健康保険証などがあるにはありますが、パスポートですら信頼出来ない面もあります。某国での廉価な整形手術で「完成」した顔が出国時の顔とは別人であることから日本入国時にトラブルになったとかの話もありますから、個の「自分証明」が如何に大変かが良くわかります。<br />　こうした中、「誕生日」すら個人特定化の手段にならないとすれば、固有の「誕生日」に自信があった読者の貴方が自信を持てる考え方は「自分の命が自作のものではなく、この広大無辺の天地万物一切を創造された創造主の作品である」との考えにあるのではないでしょうか。「誕生日」は時間の１つの断面であるというのが結論のような気がします。 ]]>
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<dc:subject>未分類</dc:subject>
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<description> ２００９年１１月２５日　２５日は日本全国で待ちに待った「給料日」である人達が大勢さんおられますから、何か電車に乗っていても雰囲気が少し普段とは違って感じる部分があります。金融機関はいくらコンピューターが計算処理をしてくれる時代とはいえ、銀行内での業務そのものは実質的に「年中無休状態」といっても過言ではないと思います。来月１２月の業務も３０日の午後３時までキチンとあります。こうした中、自分の口座に振
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<![CDATA[ <span style="font-size:x-large;">２００９年１１月２５日<br />　２５日は日本全国で待ちに待った「給料日」である人達が大勢さんおられますから、何か電車に乗っていても雰囲気が少し普段とは違って感じる部分があります。金融機関はいくらコンピューターが計算処理をしてくれる時代とはいえ、銀行内での業務そのものは実質的に「年中無休状態」といっても過言ではないと思います。来月１２月の業務も３０日の午後３時までキチンとあります。こうした中、自分の口座に振り込まれた給料も源泉徴収された差額分が所得税として差し引かれています。現政権から導入された「仕分け業務」について賛否両論がマスコミでにぎわっていますが徴収された側の勤労者から言わせてもらえば、やはり公平、平等に筋の通った使い方を願いたくなるものです。無駄使いは出来るだけ省いて必要な部分には少し多めに割り振るとかの予算編成であることが分かれば日本国民としても現政権支持の立場は堅持する気持ちにもなりますが、「誕生」から数ケ月経過した時点で思っていたような「ほころび」が少しずつ露呈されて来ていますから、国民として油断は禁物の気分になるのも仕方がないのかなーとも思います。いずれにせよ、今の不況の時代にキチンと給料をいただける事に「感謝」することが先かもしれません。世間には大変な状況になっている会社、個人事務所もあることを聞きますので、金額的には世間並みの内容でもやはり「感謝」だけはなくさない方がいいようです。生活の土台である収入は「社会の必要を満たした」結果ですから、身近に感じる事はなくても天は１ケ月間の労働を上から御覧になって喜んでおられると思います。世間的に「とびぬけた」金額と毎月最低限度のレベルだけは確保できる収入とを比較することは意味がありません。収入があったということは、その額だけの「形を変えた社会奉仕」ですから、誇りを持って前を向いて歩いて行ってほしいものです。天もこの気持ちを大切にする人を温かく導いて下さるものと思いますし、是非，そうあって欲しいと願うのが正直な気持ちかもしれません。 ]]>
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<description> ２００９年１１月２４日　３日間という人によっては長かったり短かったりの連休が明けて今日から普通のペースで仕事、勉学、家事にと忙しい毎日が始まるようです。　とにかく日本人は勤勉な国民。遊ぶ時も仕事の時も真剣になって取り組む部分があって、世間では「真面目」な人に人気が集まるようになっています。非日常性を「売り」にしている一部の「お笑い」系のタレントさんを除いて、普段は大勢の「名もない誠実そのものの」人
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<![CDATA[ <span style="font-size:x-large;">２００９年１１月２４日<br />　３日間という人によっては長かったり短かったりの連休が明けて今日から普通のペースで仕事、勉学、家事にと忙しい毎日が始まるようです。<br />　とにかく日本人は勤勉な国民。遊ぶ時も仕事の時も真剣になって取り組む部分があって、世間では「真面目」な人に人気が集まるようになっています。非日常性を「売り」にしている一部の「お笑い」系のタレントさんを除いて、普段は大勢の「名もない誠実そのものの」人々が黙々と仕事に頑張る姿勢が見られますから、そうした人達を見習ってキチンとした態度、服装で仕事に臨む事が大切なようです。社会がこうなっている以上、法律を尊守するのと同様、「考え方」そのものも一般社会での内容が如何なるものかを良く理解した上で対処するのが間違いのない状態を生むのではないでしょうか。<br />　時間的、経済的、肉体的に限界があるのが人間ですから突拍子もないことは考えずに「普通に普通に」を口癖にしていれば世間から後指をさされることもなく平穏無事な生活が約束されるかもしれません。<br />　某プロ野球チームの勝利パレードで沿道に並んだ人が３４万人。TV映像を見ていますと、お馴染みの選手群団の顔がありましたが、１日に３４万人の「集客能力」というのは関東圏ではこのチームに対する思い入れが如何に高いものがあるかを示しています。<br />　１つのイベントなり、商品について３４万人が集まるとすれば、企画なり商品なりを会社で発案した社員は絶対的に「出世コース」に乗ります。イベントも商品も「アイデア」の発露によるものですから、この「アイデア」をどこから引っ張って来るかが課題になるようです。「アイデア」の根本は「社会の必要を満たす」にありますから、１秒１秒変化する社会の実状を正確に把握した上でキチンとしたマーケッチング調査なり「試験販売」を実行して見るなどの「努力」は欠せないものとなります。目標は売上高。これはどんな商売でも適用出来ますが、基本はお客さんが「買ってくれて何ぼ」の部分がありますから、やはり「必要を満たす」路線からは絶対に外れないことが要諦かもしれません。 ]]>
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<description> ２００９年１１月２３日　今日は「勤労感謝の日」です。勤労出来ることに日本全国で「祝い」、実際に社会で働いている人自身、また多くの周りの勤労者の皆さんに対して「御苦労さんです。感謝しています｣との気持ちを持つ日でもあります。原始農耕社会、狩猟生活に始まって数千年の歴史を経過して２１世紀の現在、仕事、すなわち｢社会の必要を満たす｣業務はその内容、形態が色々に変化しています。出来事を隣り村に伝える手段とし
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<![CDATA[ <span style="font-size:x-large;">２００９年１１月２３日<br />　今日は「勤労感謝の日」です。勤労出来ることに日本全国で「祝い」、実際に社会で働いている人自身、また多くの周りの勤労者の皆さんに対して「御苦労さんです。感謝しています｣との気持ちを持つ日でもあります。原始農耕社会、狩猟生活に始まって数千年の歴史を経過して２１世紀の現在、仕事、すなわち｢社会の必要を満たす｣業務はその内容、形態が色々に変化しています。出来事を隣り村に伝える手段としての｢のろし」を焚いた大昔からポケットのケータイで日本の裏側のブラジルまで瞬時に情報を伝える事が出来る２１世紀の現在にいたる迄、「情報伝達の手段」１つを考えてみてもその変化、進歩、進化の過程は大変なものがあります。各分野で見る事が出来る各種態様の変遷の中で古今東西全く無変化のまま人間が固有に抱えている課題があります。誰もが避けて通ることが出来ないテーマ。其れは「死」です。病死、事故死、自殺、他殺、老衰の５つのどれかで人間は必ず「死」を迎えます。誕生の対極的位置にある「死」について某国の一部の人達は「天国への誕生だから」と言って楽器を鳴らしたり宴会を開いたりして祝う風習があります。村中、全員が総出で祝う。日本人の普通の感覚から言ったら、変な行事ですが、長い間、この祝う行事をやっているせいか、子供の頃から「死生観」といったものが日本人とは異質の内容になっている部分があるようです。「現世での死は天国での誕生である」という死生観で社会生活を送る時、では生きている時に何をし、何をすべきかが見えてくるかもしれません。こうしたテーマは今まで一度も考えたことがありませんので、どの様に理論展開したらいいのか良くわかりません。地球が平面で地獄は最果てのところにあって天国は空の遠い彼方にあるとの「宇宙観」に束縛されていた「固い」頭を持っていた多くの人に天動説から地動説への「コペルニクス的」展開をして人類全体を啓蒙した某科学者の当時としては「誇大妄想」的内容だったものが月面から見た地球の動きという［動画」を実際に見る事で２１世紀の地球人は年齢６歳以下の子供でも「地動説」の正しさを完全に理解出来る状態になっています。こうした事実は「象牙の塔」の中でのみ議論されていたことですが、この現在の「象牙の塔」とも言うべき某国の某機関は宇宙に衛星を飛ばすことで２１世紀地球人が今まで全く知らなかった「事実」を知っているのかもしれません。「次元」と「時間」から理解する３次元空間にいる地球人はどうしても３次元空間に束縛された生活しか体験することが出来ません。最近では４次元どころか、５次元なる考え方を全世界に発表している某女性科学者もおられて「２１世紀のコペルニクス登場」といった揶揄的表現をしたマスコミもありますが、彼女の提唱した理論は理論として謙虚に受け止めた上で今後の科学技術、工業技術の進歩を待ってから、その理論展開の証明がなされる日が来るまで、我々一般庶民は静かに成り行きを見守ることが大切かもしれません。先に述べた「死」も時間という理解の範疇にはいることで５次元を根拠に明るい発想、すなわち「天国での誕生」という考え方の「科学的立証」が確立される日が来るのではないでしょうか。丁度、地球を動画で見る現在が現実であるように。 ]]>
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<description> ２００９年１１月２２日　連休の中日でもある日曜日、３連休で来月１２月予定のイベントのために今から準備態勢に入る人達もおられます。古典的開運グッズが山程も並べられる「酉の市」は毎年大勢のお客さんでどこも人人の波。こうした日本独自のイベントは先祖代々続いている内容ですから、何かしらの御利益があって人が集まるようになっています。例えば、新規開店の店に入ったはいいけど料理のまずさ、店員の態度がだめという店
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<![CDATA[ <span style="font-size:x-large;">２００９年１１月２２日<br />　連休の中日でもある日曜日、３連休で来月１２月予定のイベントのために今から準備態勢に入る人達もおられます。古典的開運グッズが山程も並べられる「酉の市」は毎年大勢のお客さんでどこも人人の波。こうした日本独自のイベントは先祖代々続いている内容ですから、何かしらの御利益があって人が集まるようになっています。例えば、新規開店の店に入ったはいいけど料理のまずさ、店員の態度がだめという店には二度と足を運ばない。これと同じで毎年、毎年大勢さんがリピーターとして参拝されるには、それなりの理由があるからかもしれません。日記をキチンと付けている人が多い中、「今の自分が幸福につつまれているのは、そういえばこの日くらいからだよなー。えーっと、この日は酉の市で仲間と一緒に出かけた日だな。」など人それぞれイベントの特別の日があるものです。こうして日記をつける習慣のある人が開運の御利益を神様から黙って送って貰えるように天の仕組みがなっているのではないでしょうか。別に神社関係の人の肩を持つわけではありませんが、事実としての結果がある以上、この御利益を実感している参拝者の人は他人からぐちゃぐちゃ言われなくとも自然と足が神社に向かうようになっています。過去数千年の由緒ある「パワー・スポット」としての神社は日本人の心の「故郷」でもありますから、大切にしたいものです。人生、山あり谷あり、振り返れば平均的人生だったかなーとか、人それぞれで感じ方はあると思いますが自分の育った環境、受けた教育、個人の好き嫌いもあって、仏教諸派、キリスト教などにも御利益面はありますから、１つに限定することはないのかもしれません。「存在」「エネルギー」として理解すれば、人智を超えた存在たる神様、多くの仏様、主、守護天使が人間１人１人を｢温かく｣見守っていてくださる、との理解、態度を持つことの方ガ｢無神論者｣の冷たい表情よりは人が周りに大勢さん集まるし、それに比例して商売繁盛も叶うように出来ているようです。<br />　理屈より先に｢感謝｣。日々感謝の心で生き抜くのが人生上の｢修業」かもしれません。 ]]>
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<dc:date>2009-11-22T06:27:41+09:00</dc:date>
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