2008年12月6日
 都内某所へ外出。私鉄沿線の先の方にある駅であるため急行か準急を使って行く。途中で各駅停車に乗り換えて目的の駅へのつもりが大変な間違いに気が付く。別路線に乗っている!耳に入る駅名に違和感。しまった、別の路線だ。駅プラットホームが同じで番線確認をしなかった自分が悪い。元の駅へバック。そこで普段氣にもとめない私鉄路線の枝別れ駅の多さに氣がつきました。都心に近い方は路線1本で人口密度の高い駅に急行,準急が止まるので何も気にしていませんでしたが、都心から離れるに従って各駅の路線が枝別れの如く細くなっていく。住んでいる人達の利便性を考えての鉄道会社の「思いやり精神」が見えます。
 自分が失敗して氣が付く部分というのは生活の他の部分でも見られるようです。人から指摘されて氣が付く場合よりも自分の実体験の方が体が覚えている。これは全ての部分で言えてます。成功して覚える事項よりも失敗して覚える事項の方が記憶に残りやすいのは失敗したときの感情面が心に残るからかもしれません。
 たかが駅を間違えた程度で何を高尚ぶって理論展開しているんだと笑われそうですが、簡単な玄関のドア1つでも他人様の家を訪問するときは恥をかく場合があります。引き戸方式で手前に引いて開けるものと、スライドさせて開けるもの、家の側へ押して開けるものなど、普段の自宅の家の玄関のドアーの開き方を手が覚えているせいか、自然と普段のくせが出るようです。その家の住人は玄関でもたついている客に玄関横のモニター・カメラでついつい「それは中の方へ押して下さい」の声。いやはや、個人の家でも監視カメラ付きとはおそれ入谷の鬼子母神。時代だからと諦めるしかないのかも知れません。別に何も悪いことはしていなくても都内いたるところで監視カメラ、隠しマイクが設置されているのは当たり前の時代。某お寺さんの入口が集合場所で全員揃ってからバスで遠出するという時、時間があったためワイワイ・がやがやが始まる。2−3分経過後、そのお寺さんのお手伝いさん風の女性がこちらをうかがうように入口近くまで来られた。何か気になるのかなと、人生経験上直ぐに分かりましたので、待ち合わせ場所で、かくかくしかじかと説明。その女性ほっとした表情で境内の方へ。あれは多分、隠しマイクが灯篭かどこかの後ろにあって音声確認をしたものであると思います。赤外線センサーは高性能のものが販売されていて、某大使館ではねこ1匹通過しただけで警報が鳴り響くとか。の話を聞いたことがあります。大変な時代です。
 ですから、人様から色々な面で疑いの目で見られても完全無視の状態でやり過ごすのが1つのコツかも知れません。疑ってかかる人がおおくてあたりまえになって来ていますから、この傾向は今後も続くかもしれません。
 人と人が寄り添ってつましく生きる姿勢が一番いいのかな〜と思いますが、自我と自我がぶつかり合う社会ですから、こちらから折れて相手を尊重する態度が対人関係をスムーズにするコツかもしれません。まだまだ「努力あるのみ」は知らないことだらけ。多くの経験を積んでこれからも人様から教えを頂くという姿勢が要求されるようです。