2008年10月8日
21世紀は電化製品氾濫の時代で情報のやりとりが全てコンピューターを介在させてのパターンに変化して来ているようです。ただ、問題はコンピューターといえども「人間が創った機械」であることには変りがない訳で「機械」の持つ「宿命」的欠陥、即ち、「故障」ということは常に頭に入れておく必要があるようです。
都内某所の駅プラットホーム。1人の乗客が携帯電話で連絡。これからそちらへ向かう途中で15分くらいで到着とかの内容。声が大きいせいか、5−6m離れていても天井に響いたりして、ガンガン聞こえてくる。日本人の癖として、相手に謝る時の上体が前後にゆれる、お辞儀をする動作が横で見ていて「自分もあんなものかもなー」、と。人のことは笑えない。
しかし、今の無線技術は驚愕の一言。地下鉄のプラットホームと言えば、階段、通路、通路両側のコンクリート製の壁、こうした構造物全体が地下数10mの場所に埋設されている状態であるにも拘わらず、キチンと通話がなりたつ。普通、人間の会話は襖1枚、衝立1個、カーテン1枚があるだけで音声の遮断があって通じなくなる。地下プラットホームで携帯電話での会話をしている人を横の方で見ていて、「あ、あの人の肉声があの電話から無線で信号となって天井のコンクリートを突き抜けて地上へ行き、空中を伝わって相手の携帯電話へ入り、相手の「分かりました」とか何とかの返事も同じ経路を伝わって来る結果として、あのプラットホームの人に瞬間的に送信されて来ている」のだなーと。途中に電波同士の衝突とか重なりとか、干渉などもなく完璧な会話が両者間で成立している。
もっとも陸海空における無線通信はいうにおよばず、はるか宇宙空間でのスペース・シャトルと地上コントロール・センター間も瞬時通話が出来る時代ですから、地上での一般庶民の会話送受信程度は専門家に言わせれば何のことはない簡単なことかもしれません。
我々一般素人はその技術の恩恵を「感謝」して享受すればいいだけかもしれません。原理とか「仕掛け」を勉強すること自体は、それなりに価値があることですが、果たして、現状の製品なり、ネットワークのハードとソフトを含めたインフラを素人が構築出来るかと、言えば2000%無理な話。自転車で人1人送り届けるだけでも汗をかく大仕事。ましてや1億3千万の人達が相互に通信をしている空中での信号の飛んでいる状態を確実にコントロールする等は本当に「神業」そのもの。信号その物が肉眼では見ることが出来ない。それをコントロールしているネットワーク関係の技術者の存在は大変なものがあります。
ジーコン、ジーコンとダイアルして電話交換手から「今,つなぎます。しばらくお待ち下さい」の言葉を聞いて、一旦送話器をフックに置き、しばらく経過後,チリン、チリン。「つながりましたので、どうぞ、お話下さい」の一言から始まる会話「どげんね、元気にしちょるね。うーん、変わりはなかね。こんで安心したー」から数10年経過した現在は、親指1発で相手との送受信、文字面での通信が可能な時代。「あん人は話ばせんでん意味が分かる人じゃけん」と感心している田舎のバーチャンには「こげんして、話が出来るとよ」との説明が必要なようです。
「TVの中のあんたは10cmくらいじゃけど、こげんして見ると立派な大人たい」との笑い話もありますが、狭い島国日本ですら地域間技術格差が存在しているようです。これが世界に目を向ければ色々の格差があって当然かもしれません。
光に反応して伸びたり縮んだりするタンパク質の細胞を0と1に置き換えたバイオ・コンピューターの開発が進められて基礎データを脳内に入れる結果、脳に関連した各種症状を治療する研究も某国で開発研究中とかの話を聞いたことがあります。
どこまで変化するのか人間の行う研究は際限がないようです。カーナビでおなじみのGPSの利用も生活を便利な方へ便利な方へ導いてくれています。
「努力あるのみ」はただひたすら、後を追いかけて理解するのに精いっぱいの状況。上には上がある状況の中、360度あらゆる世界に好奇心を持って見に行く必要があるようです。
21世紀は電化製品氾濫の時代で情報のやりとりが全てコンピューターを介在させてのパターンに変化して来ているようです。ただ、問題はコンピューターといえども「人間が創った機械」であることには変りがない訳で「機械」の持つ「宿命」的欠陥、即ち、「故障」ということは常に頭に入れておく必要があるようです。
都内某所の駅プラットホーム。1人の乗客が携帯電話で連絡。これからそちらへ向かう途中で15分くらいで到着とかの内容。声が大きいせいか、5−6m離れていても天井に響いたりして、ガンガン聞こえてくる。日本人の癖として、相手に謝る時の上体が前後にゆれる、お辞儀をする動作が横で見ていて「自分もあんなものかもなー」、と。人のことは笑えない。
しかし、今の無線技術は驚愕の一言。地下鉄のプラットホームと言えば、階段、通路、通路両側のコンクリート製の壁、こうした構造物全体が地下数10mの場所に埋設されている状態であるにも拘わらず、キチンと通話がなりたつ。普通、人間の会話は襖1枚、衝立1個、カーテン1枚があるだけで音声の遮断があって通じなくなる。地下プラットホームで携帯電話での会話をしている人を横の方で見ていて、「あ、あの人の肉声があの電話から無線で信号となって天井のコンクリートを突き抜けて地上へ行き、空中を伝わって相手の携帯電話へ入り、相手の「分かりました」とか何とかの返事も同じ経路を伝わって来る結果として、あのプラットホームの人に瞬間的に送信されて来ている」のだなーと。途中に電波同士の衝突とか重なりとか、干渉などもなく完璧な会話が両者間で成立している。
もっとも陸海空における無線通信はいうにおよばず、はるか宇宙空間でのスペース・シャトルと地上コントロール・センター間も瞬時通話が出来る時代ですから、地上での一般庶民の会話送受信程度は専門家に言わせれば何のことはない簡単なことかもしれません。
我々一般素人はその技術の恩恵を「感謝」して享受すればいいだけかもしれません。原理とか「仕掛け」を勉強すること自体は、それなりに価値があることですが、果たして、現状の製品なり、ネットワークのハードとソフトを含めたインフラを素人が構築出来るかと、言えば2000%無理な話。自転車で人1人送り届けるだけでも汗をかく大仕事。ましてや1億3千万の人達が相互に通信をしている空中での信号の飛んでいる状態を確実にコントロールする等は本当に「神業」そのもの。信号その物が肉眼では見ることが出来ない。それをコントロールしているネットワーク関係の技術者の存在は大変なものがあります。
ジーコン、ジーコンとダイアルして電話交換手から「今,つなぎます。しばらくお待ち下さい」の言葉を聞いて、一旦送話器をフックに置き、しばらく経過後,チリン、チリン。「つながりましたので、どうぞ、お話下さい」の一言から始まる会話「どげんね、元気にしちょるね。うーん、変わりはなかね。こんで安心したー」から数10年経過した現在は、親指1発で相手との送受信、文字面での通信が可能な時代。「あん人は話ばせんでん意味が分かる人じゃけん」と感心している田舎のバーチャンには「こげんして、話が出来るとよ」との説明が必要なようです。
「TVの中のあんたは10cmくらいじゃけど、こげんして見ると立派な大人たい」との笑い話もありますが、狭い島国日本ですら地域間技術格差が存在しているようです。これが世界に目を向ければ色々の格差があって当然かもしれません。
光に反応して伸びたり縮んだりするタンパク質の細胞を0と1に置き換えたバイオ・コンピューターの開発が進められて基礎データを脳内に入れる結果、脳に関連した各種症状を治療する研究も某国で開発研究中とかの話を聞いたことがあります。
どこまで変化するのか人間の行う研究は際限がないようです。カーナビでおなじみのGPSの利用も生活を便利な方へ便利な方へ導いてくれています。
「努力あるのみ」はただひたすら、後を追いかけて理解するのに精いっぱいの状況。上には上がある状況の中、360度あらゆる世界に好奇心を持って見に行く必要があるようです。



