2008年10月9日
 昨日はビッグ・ニュースに日本中が興奮の坩堝(?)に包まれた感じでしたが、我々一般庶民にとっては雲上人の世界の話(?)かもしれません。
 世界同時発信の現代社会においては田舎での出来事もそれを取材する人間の判断でどうにでもなり、又、その情報を目にする受け手側の利害関係で真剣に受ける人もおれば、パスして次へ次へと話題を追いかけて行く人もおられる。価値判断は人それぞれ。1億3千万種類の価値観があると、マスメデイア側もそれに対応した判断で情報をこまめに提供して経済的対価を受け取る姿勢が求められて来るようです。
 自分に関係あることは新聞の朝刊も何面という感じでページ番号からダイレクトにその記事面へ飛ぶ。生活密着型の一般紙は一般庶民の最大関心事が記事の中心となる。
 都内某駅のコンコースの売店で夕方、米国のW紙がラックに入れた時の状態のままビニール紐で結束されて店横の自販機傍に置いてありました。近くのビジネス街、某有名大学などなどインテリ階層がひしめく駅ということで業者側も店側もW紙を置いている。横で缶珈琲を飲みながら客の購入光景を知らんぷりして観察していますと、殆んどの人がスポーツ新聞か4大紙、漫画本を小銭ホッポリ投げる感じで次から次へ購入。やはりW紙を手にする人はゼロ。
 勉強する材料が目の前にあるにも拘わらずパスの状態。実にもったいない気がしますが、一般消費者は何といっても自分に関係ないことは全く無関心。「関係ねー」のギャグを飛ばしていた某タレントの言葉通りかもしれません。こうして1日1日、脳みそが退化して行く「生活習慣病」を自分で作り出しているのかもしれません。
 天は24時間、平等に機会を与えてくれています。「何もない」と言っては毎日をアキアキの感じで過ごしておられる人は江ノ島神社で遭遇した高校生グループの考え方と同じ考え方を持っておられるのかもしれません。「与えていますよ。気付きなさい、気付きなさい」との天の教えが色々日常生活でのトラブルになって出ている可能性もあります。いつもの事がいつもの通り動かなくなって「ありがたみ」が分かる事態に遭遇した場合は「感謝、感謝」の気持ちが欠落していたという、サインのようです。
 メンターSYさんの「一緒にいてくれてありがとう」という言葉は地球を取り巻く、太陽、月の存在についても「一緒にいてくれてありがとう」にまで広がる深い意味があるようです。
 加えて、斎藤一人さんの開運最強言葉「今日はいい日だ」「ついてる」「これで良くなる、だから良くなる、さらに良くなる」、ヒューレン博士の「愛しています、ありがとう、許します、ごめんなさい」、五日市剛さんの「ありがとう、感謝します」、小林正観さんの「うれし、たのし、幸せ」などなど、根底は今、天の働きによって「生かされている」ことへの「無条件、絶対的」感謝の気持ちの大切さを我々一般庶民に繰り返し、繰り返し教えられているのではないでしょうか。
 人生訓が掲載されている日めくりカレンダーが根強い人気があるのも、出版されている日記の欄外に人生訓が印刷してあるものが売れるのも、人間の根底にやはり天をもとめる、天地一切万物の創造主の働きを心のどこかで認めているせいかもしれません。
 感謝、感謝。心の底から本当に感謝の言葉が出るようになることが「努力あるのみ」の現段階の目標ですが、まだまだ道は遠いようです。